結局は同じひとりの弱い人間

まる一日オフ。午前中に目を覚まして今日は洗濯中心に過ごした。基本的に月曜日が世間一般の日曜日にあたる理容師・美容師さんシフトで動いている。そのため、外出してもほとんど人混みにあたることはなくそれなりに快適なのだけど、結局、家で洗濯をするという選択をしなければならないわけで……。

普段の生活で溜まった洗濯物ついでに午前中から洗濯機を回している記念で、片っ端から洗濯機に放り込む。はい、二槽式です。水が冷たい季節になったねぇ。両手の先で実感する冬。僕に教養があれば一句詠むところ。(しませんてば。)その後、またまたコインランドリーの乾燥機に放り込んで電気屋さんとか本屋さんをブラブラ。帰って洗濯物をたたんで、またまたひとり修行僧のようにアイロンをかける。週末ごとにこのサイクルでやるっていうルーティーンワークも、普段しないからちょっと楽しいなぁとか思ってしまったり。

洗濯しながら読んだのが、大鹿靖明氏の『ヒルズ黙示録・最終章』。

はは、今気づいたけど、この本の帯の黒いところには右に村上世彰、左にホリエモンが写真で載っているんだけど、なんで上の画像は二人が黒く塗りつぶされているんだろう?朝日新聞もヒヨった?(笑)これをみるとロッキング・オンが『H (エイチ) 2006年 12月号 [雑誌]』でちゃんと説明している方がマシだったり(大笑)。

それはともかく。この本は、ライブドア事件村上ファンド事件の経緯を同著者の前作『ヒルズ黙示録―検証・ライブドア』に続いて記したもの。ホリエモンにしろ、村上にしろ、はたまた逮捕・起訴されたライブドア幹部がマスコミやネットでいいように叩かれたり、賞賛されたりしていたけれど、結局はみんな普通の人間なんやねぇってことがよくわかる。株を巡るやりとりの詳細は「ふーん」と思ってみるけれど、それを取り巻く人間模様がどこにでも起こっている普通の人間関係で、別に「彼らだから」なんて特別なことは特にない。っていうか、いちばん思ったのは、新聞やテレビなどマスコミで騒がれていた頃の、まだ全体像があやふやなまま理解していた事件と結局は大きく違うようで、上の逮捕・起訴された人たちとともに、いわゆる「国策逮捕」を行う検察も含めて、結局、人間のやることはいつだってかわりやしないなぁということがわかる。そしてマスコミ報道の一過性の恐さを身にしみて感じる一冊。ちゃんと本も読まないとね。その意味ではこうしたネットによる発言の機会は極めて重要。誰であれ。

大鹿氏が最後に書いてあるこれは確かに象徴的。

ライブドアの堀江たちや村上への国策逮捕は、劇的に進む日本の少子高齢化現象のなかで、この国の最大の対立軸のひとつが「世代間闘争」であることを改めて見せつけている。欧州や米国のように資源と富の蓄積のないこの国で、団塊以上の年寄りの世代が国富を蕩尽し、彼らは子供たちに「貧乏国家」で暮らすことを強制しようとしている。……中略……彼らでは「年寄り天国」ニッポンを突破することはできなかった。(pp.221-222)