働くことが生きること〜西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

 国際協力やらNGOやらの講義をし、もう10年近くNGOに関わっている人間にとって、避けて通れないのが「貧困」を巡る問題だ。その日の衣食住にことを欠き、命の危険に常に直面している慢性的な貧困状態を前にして、「なんとかしたい」という思いが国際協力の原点である。ただ当事者ではない援助者にとってときにそれはもどかしい思いにもなる。

 さらには純粋な途上国の人たちの生活を汚すななんて、経済発展に対して妙に辛辣に対抗的になっていたり*1、国内で商標登録されて金儲けのために使われているLOHASにこだわる一時のブームには嫌気がさす。適切かつ適正な経済発展*2による貧困削減の妥当性ももちろんあるはずだ。「カネ」がすべてではないにしろ、「カネ」によって救われるものもある。

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)

 西原理恵子の最高傑作だとの評判もamazonなどでは見られるこの本は、「カネ」について、彼女自らの経験を通して解きほぐす。誤解ないように付け加えれば、「カネ」さえあれば万事OK!というものではない。そんな本を彼女が書くわけもない。実際彼女もこう書く。

 だから大事なのは、単に「カネ」があるってことじゃない。
 働くこと。働き続けるってことが、まるで「自家発電」みたいに、私がその日を明るく頑張るためのエンジンになってくれたのよ。(p.118)

 ここでは「世界の貧困」について書かれていたところを少し抜き書きする。

 アジアの貧しい生活を余儀なくされている人たちの生活を家族とともに見て歩いた西原はその状況をこんな風に書いている。

 貧乏人の子は、貧乏人になる。
 泥棒の子は、泥棒になる。
 こういう言葉を聞いて「なんてひどいことを言うんだろう」と思う人がいるかもしれない。でも、これは現実なのよ。
 お金が稼げないと、そういう負のループを断ち切れない。生まれた境遇からどんなに抜け出したくても、お金が稼げないと、そこから抜け出すことはできないで、親の世代とおんなじ境遇に追い込まれてしまう。
 負のループの外に出ようとしても「お金を稼ぐ」という方法からも締め出されてしまっている、たくさんの子どもたちがいるんだよ。
 前にも言った。「貧困」っていうのは、治らない病気なんだ、と。
 気が遠くなるくらい昔から、何百年も前から、社会の最底辺で生きることを強いられてきた人たちがいる。
 (中略)そうなると、人ってね、人生の早い段階で、「考える」ということをやめてしまう。「やめてしまう」というか、人は「貧しさ」によって、何事かを考えようという気力を、よってたかって奪われてしまうんだよ。
 (中略)考えることを諦めてしまうなんて、人が人であることを諦めてしまうにも、等しい。
 だけど、それがあまりにも過酷な環境を凌いでいくための唯一の教えになってしまう。(pp.213-215)

 でも、「自分で自分の人生を作ろうとする子供」が自らの足で「外に出て、動き出すことが『希望』になる」んだと彼女は続ける。さらにはグラミン銀行のスタートに希望を彼女自身が見、同様の世界中での取り組みが問題点があることは承知しつつも期待をする。それは彼女自身「働くことが生きることだ」と信じているから。

 国際協力でかつては非常に多かったし、今でも多い物や金を一方的に与える援助は限界がある。すでに半世紀以上も「貧困」解決のために世界はお金と人を投じてきた。だけど、その背後には「恵んでやる」という意識が強かった。そうじゃない。「共に問題解決のために取り組む」ことが必要で、それが援助者・被援助者双方の「生きること」に繋がる。そう、共に働くことが。もちろん、だからって円借款のような貸与ODAを「自助努力」の言葉に騙されて容易に受け入れてはいけないのだが(笑)。

 自分の関心に偏った紹介をしたけれど、とても真摯に「カネ」に向かい合い、また自らの経験から紡ぎ出される言葉には力がある。そしてあるひとつの真実でもあるだろう。「なぜ働くの?」なんて今まさに自問自答している就活に頑張る学生たちにも是非読んで欲しい一冊。そして、派遣切りだとか「働く」ということから人を切り離して、それでも自立して生きろという政府のやり方に異議を唱える大切な一冊。

 それにしてもこの「よりみちパン!セ」シリーズはやはり侮りがたし。こんなに付箋つけて読んでしまったじゃないか!!

*1:もちろん構造的な問題として「私たち」を含めた経済システムの問題は大いにあるのは付言するまでもない。

*2:言うは易しですけど