語りえぬ歴史〜ポル・ポト派特別法廷

 17日からカンボジアでいよいよ始まった、ポル・ポト派特別法廷(ECCC:Extraordinary Chambers in the Court of Cambodia)。その現状はいろいろと報道されているとおり。ポル・ポト政権が崩壊してから今年で30年、和平が達成されてから15年が過ぎて、ようやく中学3年からこの時代の出来事について授業で学ぶという時期にカンボジアもやってきたようだけど、逆に当時の出来事が「歴史」になったという認識が広がり風化も問題になる。第一、被告として名を連ねる人たちも高齢者ばかりで、一番若いのが17日から審議が始まったカン・ケク・イウ元トゥールスレン収容所所長で66歳。これから起訴されると見られる4人は70代後半から80代。もちろん被害を受けた人から見れば消すに消せない記憶であるだろうけれど、社会の記憶は薄れているのも事実。簡単ではないだろうけれど、この特別法廷が少しでもカンボジアの歴史を語る上で自虐的でもなく嘘をつかないものに繋がるものであって欲しい。

 しかし、やはりカンボジアの人たちにとってポル・ポト時代の歴史は「語りえぬ」所があるのだ感じた、いくつかの報道のなかで興味深かった「カンボジアウォッチニュース」の記事。全文はこちらで読んでもらうとして一部抜粋。

 一般のカンボジア人はこうした動きを複雑な想いで見つめている。

 ここでは多くの人が、時代時代の政権に迎合して生きてきた。闘えといわれれば闘い、殺せといわれれば殺してきた。ここに住んでいる以上、ポル=ポト派にだって積極的に協力しなければならなかった。そうしなければ自分や家族の身が即座に危なかったからだ。

 逆にいえば、今生き残っているカンボジア人は、みな多かれ少なかれ、自分の意志に反してであれ進んでであれ、当時ポル=ポト派に協力した人たちだとも言える。そして平和になった今、人々は何も闘わなかった、誰も殺さなかったかのような顔をして、いろいろな仕事に従事し、殺した側、殺された側、何くわぬ顔でともに暮らしている。それが生きるということだと知っているからだ。

 そのような思いを持つ多くのカンボジア人は、国際裁判の世界観である善玉・悪玉説には、とても素直に同感することはできないのが実情だ。ただ戦犯裁判は、何人かをスケープゴートに仕立てることによって、悪かったのは政府高官と軍人だけ、一般民衆は悪くない被害者なのだ、というお墨付きをもたらしてくれる面もあるため、こうした世界観に積極的に反対する動機もまた、見当たらないのである。

 数百万人が亡くなったあの時代は確かに不幸もあった、でもポル=ポト派はカンボジアで良いこともした、むしろ国際情勢、強国の論理の狭間で自衛の面もあったのだ、と思っているカンボジア人は今も多い。もちろん家族やごく親しい友人にしか、そういうことは話さない。

 トゥールスレン収容所(真ん中写真)で感じた異様さが国全体を巻き込んでいたカンボジア、そしてそこに住む人たちを想像しようと思ってもなかなか難しいのも事実だが、その努力を国際社会をあげてしていかなければいけないんだろう。