医療問題の上を遺伝子がワルツを踊る〜海堂尊『ジーン・ワルツ』

 5月に入ってすぐにガソリン税が元に戻され1ヶ月のガソリン協奏曲もフィナーレが打たれた感があります。もちろん言うまでもなく、これだけシビアな市民感情からすると道路特定財源から一般財源化することで、必要な道路はともかくも社会保障や教育を初め、国内のさまざまな問題に我々が支払う税金が使われることを目に見えるようにしてもらう必要があります。この道路特定財源一般財源化によって生み出される予算をあてにしている政策があります。そのひとつが先月に福田首相が「想定している」と口にした、産科や小児科の医師不足や救急医療の問題を解消する政策です。

 「産科 医師」や「小児科 医師」などでニュース検索をかけると、どれだけこれら分野の医師不足などが深刻なのかということがよく分かります。例えば昨日の産経新聞の記事では次のように書かれています。

 厚生労働省によると、日本の医師数は推計25万7000人(平成16年)。内訳は病院の勤務医が16万4000人、開業医(診療所勤務の医師を含む)が9万3000人となっている。世界保健機関(WHO)が平成18年に発表した報告書では、人口10万人当たりの日本の医師数は198人。これに対しフランス337人、イタリア420人、スペイン330人、ロシア425人−など。日本は経済協力開発機構OECD)に加盟する30カ国中27位(2004年)と圧倒的に少ない。日本は総数で加盟国平均の38万人に約12万人も足りない。(中略)
 医師不足が特に深刻なのは産科と小児科だ。産科医は6年に1万1400人だったが、16年は1万600人と減少した。小児科医も6年に1万3300人だったのが16年に1万4700人とわずかに増えただけで、現状の勤務実態に比べ、あまりに貧弱だ。(以下略)【MSN産経ニュース

 この問題に正面から取り上げた小説が海堂尊ジーン・ワルツ』。ちょっと前に読了していたのですがGWの今、紹介です。

ジーン・ワルツ

ジーン・ワルツ

 2005年の『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した『チーム・バチスタの栄光』でデビューした現役医師の著者がこの春に出た本書で取り上げたテーマが、長年にわたる医療費抑制策による産科医師不足であり、医師免許取得後2年間の臨床研修必修化に伴う地方医療の崩壊であり、同時に、不妊治療と代理母でした。

 "クール・ウィッチ"産婦人科医曽根崎理恵を主人公として、現場の視点からひとつずつ医療を取り巻く社会の問題を明らかにしながら、けれど小説として物語の中に埋め込むことで更なる説得力を持たせてつむぐ言葉は、説教臭くなることもなく読み物としても十分に楽しめます。相変わらず、著者の作品は前半部から後半部に向けてスピード感がグングンとあがっていって、ちょっと油断すると乗り遅れてしまいがちなほどですが、想定を超えるほどの結末を一気に読み進める中で迎え、読み終えて本を置くとき「ふーっ」と満足な一息ついてしまいます。

 タイトルの「遺伝子のワルツ」。生体の個性が決定される遺伝子の組合せから基本となるそのビートは3拍子だから、ワルツ。この遺伝子の3拍子のビートが物語の底辺にしっかりと張り巡らされて、医療をめぐるさまざまな問題を柱に物語が形作られます。

 社会性と娯楽性を持つ作品は小説であれ音楽であれ容易なことではありません。しかし、改めて個人的にはそれほど医療問題に強い関心を持っていなかった僕自身もマスコミなどで報道されると気になってついつい目がいってしまうような読後感はいいですね。僕も大学でそうした講義がしたいものです。

 最初の10数ページをうまく駆け抜け、専門用語にとらわれずに物語を追っていけばあとは一気に読み終え満足感が得られるだろう一冊。是非、GWに楽しんでください。

螺鈿迷宮

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