共通言語〜『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録』

 チャンピオンズリーグ(CL)の準々決勝1stレグが終わりました。前に書いたように試合を見ることができないのでネットやテレビなどからの情報だけですが、リヴァプールvsアーセナルというプレミア対決は引き分け。リヴァプールはファンですが、今シーズンのアーセナルのサッカーも気になるものとしては、ここから3戦連続(2つがCLで1つはプレミア)は楽しみなんですが、いずれも試合を見れません…いや、正確にはプレミアの試合は2日遅れでBSで録画放送を見ることはできるんですが…。遠く離れた日本でもこうして海外のサッカーの試合が楽しめるというのは嬉しいものです。

 最近、タイトルにある早坂隆さんの『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録 (中公文庫)』を読みました。

ルーマニア・マンホール生活者たちの記録 (中公文庫)

ルーマニア・マンホール生活者たちの記録 (中公文庫)

 ルーマニアのかつての独裁者チャウシェスクの政策により、多くの捨て子が生まれ、1989年の革命後にはそれまで孤児院に入れられていて彼らがあふれ出し、都市社会のなかに数多く放り出され、ストリート・チルドレンになりました。厳冬のルーマニアにおいて彼らストリート・チルドレンが生きる場所として選んだのがマンホール。そうしたマンホールで生活するかつての、そして今のストリート・チルドレンたちと長い時間向き合い、対話したものをまとめたルポタージュが本作です。

 この中にこんな件があります。

「そうそう、僕はサッカーが大好きなんだ。確かイタリアで活躍している日本人がいるよね?ええっと、なんだっけな、名前……」
「ナカタ、だろ?」
「そう!ナカタ!彼は凄いよ。すばらしいプレイヤーだね。体は小さいのにスピードがあるんだ」
「よく知ってるな」
「雑誌で読んだんだ」
 ダニエルは公園のゴミ箱に捨てられている新聞や雑誌の類を拾って読むのがひとつの楽しみだといった。いつか拾ったサッカー雑誌に、イタリアで活躍する中田英寿の特集記事があったのだという。
「ナカタはサッカー選手だけど、大学に行けるくらいすごく頭がいいってかいてあった。練習もいろいろなことを自分で考えながらするって。それから大きな点差がついて負けているときでも、中田だけは最後まで諦めずに全力でプレーするって。そういうの、かっこいいと思うな」
 僕はルーマニアのマンホールに住む一少年のサッカーに対する博識にただただ驚いていた。サッカーは世界共通語なのだ。得意そうに話す彼の横顔も魅力的だった。シンナーが抜けているときには、こんなにいい顔ができる。
「でもルーマニアだって負けちゃいないよ。知ってるだろ?ゲオルゲ・ハジを。彼は世界的なスーパースターだからね。僕らの国の英雄なんだ。日本でも有名かな?どう?」(pp.47-48)

 ダニエルは18歳(2001年当時)。3歳ぐらいの時に親に捨てられて孤児院やマンホールでそれ以後生活しています。さらに彼はロマ出身でもあり、ルーマニアにおいてさらに差別を受け、忌避されている。上のシーンの後にもそうした迫害を受ける様子が描かれています。しかしそんな彼とこうしてサッカー談義ができるというのは、そのスポーツの存在だけで世界がつながれるというとても素敵なことですね。

 この本ではこうした実際にマンホールで生活するたくさんの青少年たち、そして夫婦など彼らの生活を通してルーマニア社会を、そして人間の生きる場所について語られます。そして最後に筆者が出会う光景は…。

 こうしたマンホールで生活する人たちを支援する活動もあり、日本にはモンゴルのマンホール生活者を支援するNGOもありますが、ストリート・チルドレン支援と同時に行われている例もたくさんあります。そうした活動に関心があるなら是非読んでもらいたい一冊です。今年1月に文庫本で出ていますので手にしやすいですよ。

 ちなみにゲオルゲ・ハジ。僕は1994年の米国でのワールドカップでのルーマニアの快進撃(さっきwikipediaで調べたらベスト8でした)での活躍を覚えていますよ、ダニエル。