テロをなくすための相互理解〜内藤正典『イスラーム戦争の時代』

isuramusensounojidai.jpg いわゆる「イラク戦争」が「終結した」とブッシュ米大統領が宣言してから3年余が過ぎた。イラク政府の樹立を見て、そろそろ各国の部隊がイラクから引き上げようかという議論がこれから秋にかけて活発になるだろうと思うのですが、実際、どのような議論がなされるのか?ということは中止する必要があります。そんななか、日本はつい先日、イラクへ第10次の自衛隊派遣が行われ、いわゆる「後始末」を担当するということですが、実際にイラクで何が起こっているのか?ということは置いてけぼりです。報道によれば、最新号の『TIME』誌および『Newsweek』誌で、「米海兵隊員が昨年11月、イラク中西部ハディーサで幼児ら民間人24人を虐殺した疑惑を特集。ニューズウィークは米軍の調査が進めば「ベトナム戦争時のソンミ村虐殺事件以来、最悪の虐殺と判明する可能性がある」と伝えた」といいます(Yahoo!ニュース共同)。そうした事実を今後ひとつずつ丁寧に解明していかなければなりません。

 911テロが起こってから5年が経とうとしています。日本も含め、いわゆる先進国と呼ばれる地域では、さまざまなマスコミや媒体を通して「イスラムとは何か?」ということが語られています。少し前に怒ったデンマークでのムハンマドのイラストを巡る出来事は、それでもなお分かり合えない現実もまたあらわしているように思います。僕自身もまたいろいろな形でイスラムのことを知ろうとしながらも、十全と理解できずにいます。

 最近、内藤正典さんの『イスラーム戦争の時代:暴力の連鎖をどう解くか』(NHKブックス)を読みました。現代イスラームの地域研究を行う内藤さん(一橋大学教授)のこの本は、『なぜ、イスラームと衝突するのか:この戦争をしてはならなかった』(明石書店)、また岩波新書の『ヨーロッパとイスラーム:共生は可能か?』などに続くもので、とりわけ後者の岩波新書版のものに、最新の調査・研究内容に、最近起こった出来事、たとえば上に書いたムハンマドのイラストをめぐる事件などについて触れてかかれており、大変読みやすくまとめられています。

 冒頭、内藤さんは、「イスラームをよりどころとして生きるムスリムを、西欧的な意味において『啓蒙』することはできない。近代西欧が生み出した啓蒙の概念は、宗教的規範を相対化し、その影響下から脱出することによって成り立つからである」(p.23)として、暴力の連鎖の拡大の必然性を記します。そして、近代国家の典型とも言える軍隊がイスラムになじみがないものであることを記し、国家というものすらイスラム共同体よりも低い次元にあるものだという、私たちの「理解」との違いを丁寧に説明してくれています。

 この本ではその後、主に欧州でのイスラムの受容・排斥の現実を踏まえて、現代世界におけるムスリムを排斥する重層的な構造についてまとめた後、それでもなお「和解のかぎ」はどこにあるのか?を丁寧に解いていきます。詳細は是非本書を手にとって読んでいただきたいのですが、内藤さんは、テロの原因が決してイスラム原理主義にあるのではなく、またそこに帰着するのではなく、イスラムの人々の目の前に広がっている不公正の現状であるのだと言います。それは欧米、またきっとおそらくこの国においても見られるイスラムに対する「不公正」な認識から生み出されるさまざまな政策であり、また「国家」という現代世界において「必然」とされるものによって、圧迫感を受け、また不公正を受ける現実の中にあるのだというのです。

 その上で、イスラムも含めた世界中の人々が共生することは改めて不可能ではないことを力強く語ってくれます。

 内藤さんの岩波新書版でもそうでしたが、現場の声に基づき、また丹念なフィールドワークを踏まえた本著は是非、「イスラムが良くわからない」という人に呼んでもらいたい一冊です。