合理主義者は祭りをなくす〜児玉憲宗『尾道坂道書店事件簿』

 今日も本屋に行って2時間以上ブラブラしていた。ちょっと時間があると本屋だとかCD屋に足が向く。職業柄、本屋に通うのは仕事の内…かもしれないけれど、それにしても1年の内に100日近くは行き、何かしら買って帰ることも多くて(…というのは、このブログを見ればお分かりの通り…笑)、もはや文字通り積ん読状態にもなりつつある。だいたい雑誌が好きなのだ。最近でこそ、コンビニで主な雑誌は買うことができるけれど、毎日何十冊も新刊の書籍や雑誌が発行されているのだろうから、まぁまず飽きることはない。2時間も本屋の中をうろついていればいい運動にもなるのだが、書店の圧倒的な本の並びを前にワクワクするのだから仕方がない。

 基本的に普通に就職するということはもともと考えていなかったのだけど、それでもすこしいいなぁと思っていたのは書店員であることは間違いない。肉体労働だという話は良く聞くけれど、とはいえ、棚を任されて小さなフェアとかやってみたいなぁとか思ったりする。それを買ってくれる人がいると嬉しいに違いない…なんて書店員の話を描く本は少なくないが、この『尾道坂道書店事件簿』は大型書店とはいえ、地方の書店チェーンのことを描いたもの。

尾道坂道書店事件簿

尾道坂道書店事件簿

 その書店は広島東部を中心とした書店チェーンの「啓文社」。そう、僕が育った街に店舗を置く本屋さんだ。筆者の児玉憲宗さんは啓文社の社員さんで、書店員として働いておられる様子をつづったのが本書。帯に書かれているように「新米書店員時代の七転八倒から、悪性リンパ腫との闘い、そして書店に復帰してからの刺激的で幸福な日々」が児玉さんの温かく真摯な視線で描かれた好著だ。

 もちろん僕自身は今でも帰省時には2日に1度は通っている近所のポートプラザ店やかつて学習塾に通う途中に寄り道して行っていた本通り店(もう今はないのかな?)、ポートプラザ店ができるまでは蔵王店に通ってたし、さらに前にはコア春日店や今はビデオ店になってるらしい奈良津店にも行っていた。奈良津店は中学時代に聞いていた地元ラジオ番組のイベント会場でもあったなぁとか思い出す。そうしたお店のいくつかでは児玉さんも書店員さんとして働いておられたようで、僕ももしかしたらすれ違ったりしたことがあるのかもしれない。

 児玉さんが入社以来、新入社員として働いていた頃と病を患われて以降の車椅子で働かれている今とは確かに色々と大変なこともあるだろうけれど、周りの同僚たちとともに地方の「知」を盛り上げていくさまざまなお仕事には学ぶところも多い。

 本の中に、啓文社の手塚社長の名前が良く出てくる。児玉さんが車椅子で仕事をしなければならなくなってもこんな風に。

「わかっていると思うが、おまえを広告塔にしてまで会社のイメージをあげたいと思うほど、わしは落ちぶれておらんからな。会社に必要な社員のために働きやすいよう環境を整えるなんて、経営者としては当たり前のことをしているだけだ」
 そして、「わしはおまえに生涯があろうと特別扱いはせんよ。バンバン仕事をやってもらうから」と肩を叩き、「でも手助けが必要な時は遠慮なく言えよ」と付け加えた。(p.100)

 よく聞く類の話ではあるけれど、実際にこう伝えられた児玉さんは本当に幸せだっただろうと思う。地方書店は厳しい状態にもあるだろうに、それでも人がまさしく財産であり、ともに会社を盛り上げようとする経営者がいるところというのは、客としても信用できる。啓文社は今では車椅子で店内を動けるように多くの店でバリアフリーがなされているようだ。

 もうひとつ、児玉さんが紹介する手塚社長の言葉がある。これは本当にちゃんと咀嚼して僕も心にしておきたい。

 わが社の手塚社長が繰り返して言う言葉に「合理主義者は祭りをなくす」がある。無駄なものを排除していけば、町から祭りは消えてしまう。けれども祭りのない町は味気なく、活力も生まれないという意味だと思う。手塚社長はさらに続ける。「少しばかりやりすぎたからといって会社は潰れることはない。誰も何もやらない方が潰れるかもしれない」(pp.105-106)

 この「祭り」というのが秀逸だなぁと思う。祭りというのはその村や町、地域を挙げて取り組むもので、誰か権力者が力を使って行う何かではない(まぁ、定額給付金とかは祭りにならないそれですね)。

 なんだか社長の言葉ばかり紹介してきたけれど、児玉さんを通してみる啓文社という会社は、僕の最近のイメージでは多角経営的な書店らしさを失っているような気もしていたけれど、こうした社員の方がやっているという姿が見えてより近親感がわいた一冊。もちろん啓文社をしらない人も、地方の書店の面白さや力強さなどを是非読んでもらえると嬉しいなと思う。

 ちなみにこの本はWEB本の雑誌で連載されているものの書籍化で、ウェブにある「尾道坂道書店事件簿」のページで本書の一部も読むことができます。是非こちらも読んでみてくださいね。