力強さを〜『黒人差別とアメリカ公民権運動』

 物心ついてから目に見えるような社会的な差別というものに直接的に出会った経験はほとんどないような気がします。もちろん、「いじめ」に代表されるような人間関係において差別というものに出会ったことはあるし、日本社会には同和問題・被差別部落という社会的な差別が存在し、また男女差別もまた生きていく中で存在しています。ただそれらは悪いいい方をすれば非常に「陰湿」で、バレエのトゥーシューズに画鋲を入れる的な「いじめ」の要素を含む「差別」のようなイメージもあります。だからこそ、逆に解決することが難しい状況が生まれているのかもしれません。

 先月の中頃、NGO論の授業のために「奴隷貿易廃止運動」について整理をしました。イギリスで18世紀後半から進められていたこの運動は、今でいう政策提言型NGOの発端ともいえる運動です(現在のイギリスの人権NGO反奴隷インターナショナル(ASI)」に繋がるものです)。ちょうど、先月、講談社の『興亡の世界史』シリーズで発売された井野瀬久美恵著『大英帝国という経験』のなかで、1章分を当てて書かれていました。

大英帝国という経験
大英帝国という経験
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井野瀬 久美惠
講談社 (2007/04/18)
売り上げランキング: 41437
おすすめ度の平均: 5.0
5 「世界史」では理解できない奥深さを垣間見る


 この本ので仕入れた「話の種」のおかげか、学生の皆さんも「黒人奴隷」の問題に関心を持ってくれたようですが、どうも僕自身も「黒人奴隷」の問題が頭のどこかで引っかかっていたようで、この間本屋さんに行ったときについつい購入したのが、J.M.バーダマン著『黒人差別とアメリカ公民権運動―名もなき人々の戦いの記録』でした。

黒人差別とアメリカ公民権運動―名もなき人々の戦いの記録
ジェームス M.バーダマン 水谷 八也
集英社 (2007/05)
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 恥ずかしながら、NGOや市民活動に関わっていながらも、この「黒人差別」や「公民権運動」にはまったく明るくなく、この新書はとても良い、興味深い入門書でした。いつも電車の中では雑誌を読む時間に充てていたのですが、家では授業準備で読めない分、電車の行き帰りの中で読み進めていたのですが、読み進めば読む進むほど、20世紀半ばのアメリカの黒人差別のあまりに強烈な史実にショックを受けるとともに、そこからの解放を願う黒人の、文字通り体を張った運動(けれども非暴力運動)に力づけられました。

 この本で紹介される人々は文字通り市井の人々で、キング牧師マルコムXなどは調味料のような形で出てくるのみです。もちろん、彼らがリーダーシップをとり、運動を進めるわけですが、それでもともに動き、運動を行う「当事者」たる黒人の人々が変更を迫り、作り上げてきた差別のない社会への試みはとても力強いものです。

 反面、わずか30年ほど昔のアメリカ、第二次世界大戦後世界のリーダーとして振る舞ってきたアメリカの国内では白人至上主義の目に見える直接的な暴力による差別があり、また公職にあるものたちも恥ずかしげもなく人種差別主義者たる己を誇示し、権力をふるっていたという事実に愕然とします。

 本の中でふれられる運動の中で、ジェイムズ・メレディスさんという人がいます。彼は黒人差別の激しいミシシッピ州ミシシッピ大学への入学を求めて当事者として運動に関わるようになっていくのですが、彼が自ら体を張って「当事者」となり、米国の現状へ一石を投じようとしたのは、彼が兵士として日本に滞在した経験に根ざしていました。彼の在日時、日本の学生と出会い友好を深めていくなかで、「アメリカ人として扱ってもらえ」、「日本では今までに感じたことがないほど自由だった」と感じます。そして、故郷のミシシッピ州でよりよい社会を作るために運動に参加しようと、帰国後入っていた黒人専用の大学からミシシッピ大学への入学をめざしたのでした。彼の入学を巡り、軍隊の出動まで行われ「戦場」とかします。また無事入学したあとも彼はいじめ・迫害を受けながらも、無事卒業をしたそうです。

 黒人差別・公民権運動に日本のとある学生が「名もなき人々」のひとりとして小さいけれど大きな関わりを持ったことが感慨深く、それ以上に上に書いたとおり、この運動に関わったすべての人たちを僕たちの誇りとして力強く思います。良い本ですよ。是非読んでください。