混交する世界〜鴻上尚史『ヘルメットをかぶった君に会いたい』

 普段と変わらないはずだったGWでもやっぱり少しは身体が弛緩していたようで、昼前に起きてしばらくはボーっとしながら少しずつ調整していくことにしました。一番簡単なのは文字を追うこと・・・という活字中毒患者のため、昨日本屋さんで買ったまま袋に入っていた本を取り出して読むことに。大好きな劇作家・鴻上尚史著『ヘルメットをかぶった君に会いたい』(集英社)。鴻上さん初の小説。

 「僕」が出会ったのはヘルメットをかぶった女性。深夜の通販番組でヒット曲を集めたCDが紹介され、そのなかの一曲、1969年のヒット曲『』を紹介する映像の中でアップにされた「はじける笑顔」の女性。一気に引き込まれた「僕」はこの女性を探し出そうとします。この「僕」は「鴻上尚史」。実際に劇作家であり、演出家であり、エッセイストであり、この本で小説家デビューした鴻上さんとこの「僕」こと「鴻上尚史」が時に重なり合い、時にズレ、「フィクション」としてのこの作品が出来上がる様は、まさに鴻上さんの演劇さながらの実世界と虚構の間のクロスオーバーで、鴻上ファンは、そのグラグラ感にドキドキするのです。

 大きなテーマは「学生運動」。遅れてきた世代の「僕」が「猛烈に憧れた」学生運動。「四国の田舎の高校で、一人、学生運動の記録にはまり、このままだと、今すぐにでも“革命運動”に飛び込むんじゃないかと自分で自分に怯え」、止めるために「自分の感性を鈍くしようとし続け」、「想像力をなくし、痛みを感じる回路をなくし、無感動に生きようとし」て成功した高校時代。しかし「僕」はその「ロマンに、深いところで憧れていた」のです。そしてヘルメットをかぶった、はじける笑顔の女性に出会い、猛烈に「会いたい」と思うようになります。

 月刊小説誌で連載を続ける「僕」は、誌上で情報を求め続け、また様々な伝をたどり彼女に近づいていこうとします。最後は・・・。

 この作品のなかの「僕」は、これまでの鴻上作品もまた俎上にのせて、フィクション性を限りなくそぎ落とそうとするとともに、より深い「学生運動」とその時代、そして現代社会の問題へと肉薄していきます。例えば、学生運動の終結の後、若者をグッと引き寄せたのが新興宗教。新興宗教にはまり、そこから抜け出し、精神科医になった女性が主人公の戯曲『トランス』。また学生時代に、早稲田の大隈講堂の前に作ったテント小屋の話。そうした鴻上的なるものもまた随所にちりばめられています。

 そして、この小説と近い・・・いや重ねあわされた作品といえるだろう『リンダ リンダ』。メインボーカルを大手のレコード会社に引き抜かれて、取り残され、そして空中分解寸前のバンドのメンバー達の物語。「ロックとは永遠の反抗、連続する抗議じゃないのか。なのに、世間のロックバンドは、ただ歌を歌うだけで何の行動もしない。俺たちは本物のロックバンドになるんだ」と宣言して諫早に模された堤防爆破計画を語り、ここにバンドの再生を求めて行くという話です。

 この小説のテーマが「学生運動」であることは上に述べたとおりです。成田闘争における「管制塔占拠事件」とその後の、国家的な策略ともいえる賠償金の支払いの問題、また上にも書いた諫早の堤防問題などの現実も切実に語られます。そうした事柄に鴻上さんなりの「思い」、そして「社会」の反応とそれへの反応を所々に書いています。まさに今、「共謀罪」の制定についてとてつもない社会的圧力をいつの間にか国家はかけ始めました。監視国家も進み、愛国心教育を中心とした教育基本法改正など、さまざまな抑圧の中にいます。先日の東京でのメーデーデモにおいて行われた不当拘留などはその際たるものですが(リンク先に動画があります。必見です)、それらへの市民の眼差しはうまくはぐらかされているようにも思います。30年前の学生運動もまたそうしたフィルターにかけられ続けているのかもしれないですし、イラク戦争もまた同様だと思います。

 だからこそ、この『ヘルメットをかぶった・・・』のなかで「僕」は、「人は思想ではなく生活として、主流から主流へと移る」けれども・・・と、次のように書きます。

多くの国民は、「過激派が好き勝手なことをしたんだから、当然のことだ」と思うのだろう。歴史は常に勝ち組が修正していく。国家と個人の戦いでは、ほとんどはほとんどは国家が勝利する。三里塚の歴史も国家が修正するのだろう。・・・・・けれど、それは、「どの抽象を選ぶか?」というレベルの話だ。一瞬かいま見えた“抽象”と“具体”のぶつかり合いの話ではない。・・・・・抽象と抽象の戦いでは、多くの人は勝ち組に乗っかる。自分を、負ける個人より勝つ国家に重ねた方が、生活の幸福度は高い。けれど、だからこそ、抽象より具体を求める人間がいる。生きる意味を抽象にではなく、具体的に感じたいと思う人間がいる。どんな結果になっても、リアルに触れたいと熱望する人間がいる。

 ヘルメットをかぶり学生運動に没入した、はじける笑顔の女性を捜し求めた「僕」。“今”、彼女を求める「僕」が出会った現実はなんなのか?・・・混交する小説世界と現実を行き帰りしながら、思いを巡らせてください。読後すぐよりも、こうしていろいろ考えている今まさに改めてこのなかに吸い込まれています。